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| ●政治に託す |
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世の中の出来事は複雑に絡み合い、どんどん見えにくくなっている。たとえば「ワーキングプア」、新しい貧困としてこの頃よくマスコミに取り上げられる。ワーキングプアの定義は、働く意思があり現に働いているにもかかわらず年収200万円以下の収入しかない人たちをさす。その数1,677万人。ワーキングプアというと、ネットカフェなどを泊まり歩く定職を持たない若い人を思い浮かべがちだ。しかしながら、そういった非正規雇用の若者だけでなく、様々なレベルでワーキングプア化が始まっている。無年金でアルミ缶を拾い、その収入月5万円で暮らす70代の夫婦は持ち家があるから生活保護は受けられない。外国人研修生という名の低賃金労働者に仕事を奪われた零細企業の社長は「ごめんなさい」という遺書を残して首を吊った。妻の介護で年金をは消え、月に2〜3万の内職収入で何とか生活する高齢者。限界集落で厳しさに耐え、家族10人あわせて600万円の年収で暮らす人たち。親を捨てられず夢を諦め、近くの給食工場でパートをはじめた20代の女性は、正社員を夢見て待遇改善を勝ち取るために必死で勉強して、栄養士の資格を取った。でも、時給は10円増えただけで、結局正社員にはなれなかった。これらの人たちが一番不安に思うのが医療費の問題。誰か一人でも病気になったら、全てが崩壊する瀬戸際にいる。
ワーキングプアという視点から見ただけでも、社会保障の様々な不備に目の前が暗くなる。日本は豊かな国ではなかったのか?「1億総中流」といわれ、日本に住んでご飯の食べられない人はいないと言われたのは、ほんの30年ほど前のことではなかったのか。中間層が多いことで、勤労意欲もあり労働者としての質も高く、購買層としての力もあったし、モノを見る眼も肥えていたことから、日本の企業は購買者の要望に応えるために研鑽を積み、新技術を着実に開発してきた。そのことが、世界で闘う力になったことも事実である。そんな中間層も、ほんの一部を除いて多くは下流に転落した。
真面目に働く者が普通に生活できない、働く気のある若者が就職できない、それが現実だとしたら誰が悪いのか。結論はひとつ、社会が悪い。そんな社会にしてしまった大人が悪い。そんな社会をリードする政治家を選んできた有権者が悪い。でも、まだ遅くはない。今こそ思い直して欲しいことがある。政治は「頼みごと」をするものではなく、「託す」ものであることを。政治は「任せる」ものではなく、「自ら取り組む」ものであることを。今の社会、これからの日本をもっと良くして、次代に引き継ぐためにも、決して無関心ではいられない。だから、だから、「これからを託すに値する」政治家を選びたい。 |
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