●戦争ゲーム
人間の歴史の中でひとたび戦争が起こったなら、民間人を巻き込まずに終結した戦争はないと思う。
国を守るために軍隊がある。それは必要なことだ。でも、軍隊は国を守ると同時にそこに住む人たちの生命と財産を守る義務がある。とかく論議の矛先は国を守ることにシフトする。国を守る、太平洋戦争で言えば国体を護るなかに国民を護るという考えがあったのだろうか? あったとしたら非戦闘員があれだけ死ぬのはなぜだろう。戊辰戦争以降、国のために戦い死んでいった人たちが靖国神社に祀られているとして、その何倍もの非戦闘員の死はどこに祀られているのだろうか。
軍人同士で戦争を行い、非戦闘員は巻き込まないという国際ルールが確立し、それに反した国は世界から消滅する。そんな確約があれば集団的自衛権だとか、侵略だとか大儀だとかメンツだとかは関係なくなるかもしれない。それこそゲームになる。つまり軍隊将棋の世界だ。場所も限定しよう。アフリカの人が住んでない場所とかシベリアの奥、はたまたゴビ砂漠を競技場にして軍隊を集結し、主義主張をかけるもよし、利権をかけるもよし、トーナメントで勝ち抜いた国が褒美を手にする。例えば、「シベリア杯争奪マスターズ選手権」の開催を国連が主催し、優勝商品としてシベリア地区天然ガスの発掘権10年分をつける。各国軍隊は10,000人以内の兵力で武器は自由、ただし核兵器と生物化学兵器など地球環境に悪影響を与えるものは使用禁止。判定はギブアップするまで。期間は2週間。国連で話し合い決着がつかない事柄はすべて「紛争処理委員会」に持ち込む。そこにで試合規則に則って参加国を募り大会を開催するのだ。戦争だから死者は出る。でも、それは軍隊に限られる。厭なら参加しなければいい。つまるところ、国を護る戦争をするというカタチで多くの国民を死なせた過去の教訓に則り、話し合いの延長線で非戦闘員に迷惑をかけない方法で、国の欲望と人間の暴力性を満足させる究極のゲームにしてしまえばいい。ゲームだからペイント弾なんかで怪我しないようにもできるし…。